とある和食レストラン。

お客さんは数組、比較的空いている時間帯。

誰でもが飲める無料のスープバーを利用しようとした七十代後半くらいの男性客が、苛立った様子で女性店員さんを呼びつけ、大声を出した。

男性客「おい！スープがほとんど入ってねぇだろ！」

店員さん(以下ずっと同じ店員さんを指す)「大変申し訳ございません。すぐご用意致します」

男性客「すぐ用意しますじゃねぇよ！こういうのは半分くらいなくなったら新しいのにすぐ取り換えるんだよ！」

店員さん「申し訳ございません。すぐお持ち致します」

男性客「いいよもう！めんどくせぇから残ってるやつ飲むよ！お茶はどうなってんだよ、これか？！」
(お茶も無料でセルフ式)

店員さん「はい、好きな種類をお選び頂き、こちらでお湯を……」

男性客「そんなのわかってるよ！馬鹿にしてんのか！！」

店員さん「申し訳ございません」

男性客(お茶を注いだ湯呑を持とうとして)「あちっっ！！おい、熱くて持てねぇだろ！！席まで持って来い！！」

店員さん「すみません、お持ち致します」

(しばらくして男性客が注文したお蕎麦らしき品が運ばれて来る)

店員さん「お待たせ致しました。○○でございます」

男性客「箸はどこだよ、箸」

店員さん(テーブルの上の、お醤油や七味の横に置かれた箸入れを指して)
「お箸はこちらでございます。あ、よろしければお蕎麦に七味はいかがですか？ご用意こちらにございます」

男性客「……ああ、そう」


それからも男性客の「お叱り」は続いたが、「七味」以降あからさまな不機嫌さは抜けていて、気付くと店員さんと何やら共通の話題で楽しく盛り上がっていた。
他の客にも丁寧に応対しながら、店員さんは、男性客からの問いかけに終始嫌がることなく応えていた。


ゆき、食事を終えて会計中。

例の男性客、食べ終えた食器を持って立ち上がり、厨房を探して食器を戻そうとする。

店員さん「あっ、おじいちゃん！いいですよ！」

男性客「いいよ暇だから」


ゆき、会計を終えて店を出る。


正直、はじめは「うるさい客だなぁ」「怖いなぁ」と嫌悪感を抱いておりました。
「静かにしてください」とか助けに入った方がいいのかしら……とも。(怖くて出来もしないのに)

しかし「助け」だなんてとんでもない。

頭を下げ続けるのでもなく、無視をするのでもなく、噛みつき返したりたしなめたりするのでもなく、決して嫌味にならぬ物言いで「七味」をすすめた店員さん。
「そうか、彼は誰かと何か会話をしたかっただけなのかも」……と、珈琲をすすりながらその高等テクニックにただただ感心。

もちろん、「七味」のところでより怒らせてしまう可能性もあるわけで、個人の判断基準でお客様を「おじいちゃん」と呼んだことや衛生面などの問題から一般客が厨房に入ろうとするのはいかがなものか諸々意見は様々にあると思いますが、個人的には人情の機微に触れたような、最近ではめずらしいと思えるような光景でした。


思い遣り……それは気持ちを「お遣い」に出すことね。

相手の気持ちや事情に思いを遣れる、想像力のある人って素敵。

そして、おじいちゃんよりもよっぽど迷惑だっただろうな。

机に辞書とノートを広げ、丼ぶり一杯とドリンクバーだけで4時間居座った女一人客の方がずっと……。





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